「職員が倒れる」ことの本当のコスト─インフルエンザ・コロナ・感染性胃腸炎アウトブレイクと職員教育の経済的意義

感染対策

こんにちは、香川県を拠点に感染対策の相談や研修を行っている感染管理認定看護師の横山です。

以前、介護施設の入所者への感染対策について、誤嚥性肺炎や尿路感染症を例に「見えない経営損失」を試算する記事を書きました↓

今回はもう一歩踏み込んで、職員が感染症に集団罹患したとき、施設や病院にどれほどの経済的損失が生じるかを数字で見ていきたいと思います。

冬になると、インフルエンザ、新型コロナ、ノロウイルスをはじめとする感染性胃腸炎が、利用者だけでなく職員の間でも一気に広がることがあります。「今年も何人か休んでいるな」で済ませてしまっていないでしょうか。
実はこの「職員の集団罹患」こそ、施設運営に静かに、しかし確実にダメージを与えている要因です。


アウトブレイクは「治療費」だけの問題ではない

感染症のアウトブレイクというと、利用者や患者への対応ばかりに目が向きがちです。しかし実際に施設・医療機関の経営を圧迫するのは、次のような複合的なコストです。

  • 罹患した職員の欠勤による人員不足と代替要員の確保コスト
  • 出勤している職員の残業・シフト過重による人件費増
  • 新規入所・新規入院の受け入れ制限による収入減
  • 保健所対応・記録作成・清掃消毒など通常業務外の労働時間
  • 収束後の職員の疲弊による離職リスク

これらは請求書に「アウトブレイク対応費」として一括で計上されるわけではないため、経営者自身も総額を把握しにくいのが実情です。


試算:職員が集団罹患した場合の損失

介護施設におけるアウトブレイクの経済的影響については、全国老人保健施設協会の報告書で、インフルエンザの集団感染が発生した施設では平均でおよそ260万円の損失が生じるという推計が示されています。この金額には、消毒や防護具などの直接費用に加え、職員体制の乱れによる人件費増加分も含まれると考えられます。

ここで、職員10名が1週間(勤務5日分)就業できなくなったケースを、人件費の視点からもう少し具体的に試算してみます。

【試算例:職員10名が1週間欠勤した場合】

  • 看護師・介護職員の平均月給を30万円(所定労働日数20日)と仮定
  • 1人あたりの日給相当額:300,000円 ÷ 20日 = 15,000円
  • 10名 × 5日分の労働力損失:15,000円 × 10名 × 5日 = 75万円相当
  • さらに、欠員を埋めるための残業対応(割増賃金25%分)や、派遣・応援職員の依頼が発生すれば、この金額はさらに上乗せされます。

これはあくまで「働けなかった分の人件費」という一側面に過ぎません。実際には夜勤者の確保が難しくなり、既存職員に無理な連勤をお願いするケースも多く、疲弊やモチベーション低下という数字に表れにくいコストも重なっていきます。


数字に表れない現場の実感

ここからは少し、私自身が院内感染管理者としてアウトブレイク対応にあたった経験からお伝えします。

該当部署では夜勤・日勤ともに人員が足りなくなり、他部署から応援を出して急場をしのぐことになりました。応援に入る側にも普段と違う業務・環境への負担がかかり、現場全体がぎりぎりの状態で回っていたのを覚えています。

そうした状況が続く中で、スタッフの間には少しずつ不満が蓄積し、「なぜ現場ばかりが大変な思いをするのか」という管理部門への不信感につながっていきました。結果として、そのアウトブレイクをきっかけに離職を選んだスタッフもいました。

もうひとつ印象に残っているのは、「自分が家庭に感染症を持ち帰ってしまうのではないか」という不安を口にするスタッフが少なくなかったことです。小さなお子さんや同居のご家族がいる職員にとって、これは仕事の負担以上に大きな心理的ストレスになります。

こうした人件費や収益減という「数字」の裏には、必ずスタッフ一人ひとりの疲弊と不安、そして組織への信頼の揺らぎがあります。離職はさらなる人手不足を招き、次のアウトブレイクへの脆弱性を高めるという悪循環にもつながりかねません。


病床・居室の稼働制限による収入減も

医療機関では、病棟内でクラスターが発生すると、感染拡大防止のために新規入院の受け入れを制限せざるを得ない場面があります。実際に、病棟内で感染が確認された場合に患者の移動制限を行った結果、当該病棟の病床稼働率が低下し、十分な入院収益を確保できなくなったとする医療機関の声も報告されています。介護施設においても同様に、居室のコホーティングや重症者の入院、新規入所の一時停止によって、稼働率と収入の両方が落ち込む構造は変わりません。

つまりアウトブレイクの損失は「人件費」と「収益減」の両面から同時に発生する、という点を押さえておく必要があります。


なぜ「職員教育」が経済的な備えになるのか

ここまでの試算からもわかる通り、アウトブレイク発生後の対応コストは決して小さくありません。だからこそ重要なのが、発生前の職員教育という「予防投資」です。

手指衛生のタイミング、標準予防策の徹底、症状出現時の早期報告体制、ゾーニングの基本といった知識は、特別な設備投資をしなくても、正しく学び、現場で実践できれば、感染の初動を大きく左右します。1回のアウトブレイクを未然に防げれば、それだけで数十万円〜数百万円規模の損失を回避できる可能性があるのです。

職員教育は「コストがかかるもの」ではなく、「損失を防ぐための投資」として捉えていただきたいと思います。そしてその効果は人件費や収益の数字だけにとどまりません。平時から正しい知識と対応の型を共有できていれば、いざという時の混乱や応援体制への負担が小さくなり、スタッフの不安や管理部門への不信感も軽減されます。それは結果として、離職の防止という形で組織を守ることにもつながります。


最後に

私は感染管理認定看護師として、急性期病院での15年間の臨床経験を基に、医療機関・介護施設・保育施設向けの感染対策支援を行っています。職員研修やマニュアル整備、BCP(業務継続計画)のサポートを通じて、「現場で実際に続けられる」感染対策をご提案しています。

「うちの職員教育、このままで大丈夫だろうか」と感じた方は、ぜひ一度ご相談ください。

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